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編集長が選ぶ:ドクター・ドレーのおすすめプロデュース作品決定版【前編1988〜2000年】

 

 

 

Text:Kaz Skellington (Twitter / Instagram)

 

ヒップホップ界最重要プロデューサーと言っても過言ではないDr. Dre(ドクター・ドレー)。コンプトンのナイトクラブ「Eve’s After Dark」でDJとして音楽キャリアをスタートさせた後、World Class Wreckin’ Crewのメンバーとしてプロダクションの世界に入った。1987年にはN.W.A.を結成し、1988年には伝記映画でもおなじみのアルバム『Straight Outta Compton』をリリース。1991年にN.W.A.脱退し、シュグ・ナイトと共に<デス・ロウ・レコード>を設立し、1stソロアルバム『The Chronic』を1992年にリリースした。

 

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スヌープ・ドッグやエミネムなどのアーティストを発掘しつつ、数々のアーティストのプロデュースを手掛けたドクター・ドレーであるが、彼の偉大さと言ったら、作品をリリースする度にヒップホップのサウンドをガラッと変えてきたところであろう。同時代にリリースされた他の作品と比べて、彼の楽曲のサウンドクオリティは非常に高く、彼のプロダクションを追うと、ヒップホップのサウンドの変換を見ることができる。以前HIP HOP DNAでは入門編として、ドクター・ドレーがプロデュースしたオススメ楽曲5選を紹介したが、今回は決定版として、HIP HOP DNAウェブサイト編集長のオススメ曲を紹介したい。

 

 

 

・N.W.A. – Straight Outta Compton (1988)





 

ドクター・ドレーは、N.W.A.でも「Straight Outta Compton」や「Fuck Tha Police」などの歴史に残る楽曲をプロデュースし、彼のプロデュース・スキルを世に広めた。この時代のヒップホップはまだアップテンポなものが多く、ジェームス・ブラウンやロイ・エアーズなどのサンプルが多用されている。1988年にリリースされた名アルバム「Straight Outta Compton」のタイトルトラックであるが、ドラムには、かの有名なThe Winstonsの曲「Amen, Brother」のドラムブレイク、通称「アーメンブレイク」が使用されている。

 

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N.W.A. – Gangsta Gangsta (1988)





 

アルバム『Straight Outta Compton』に収録されている楽曲「Gangsta Gangsta」。ラッパーとしてアイス・キューブが全面的にフィーチャーされている楽曲。70年代と80年代に活躍したファンクバンド、SlaveのボーカリストであるSteve Arrington(スティーヴ・アリントン)の「Weak At the Knees」のギターリフが印象的な楽曲だ。この楽曲では、ジェイムス・ブラウンの定番「Funky Drummer」を含め、多くの曲がサンプリングされており、ドクター・ドレーのビートを構築するスキルを垣間見ることができる。さらに、後のGファンクに非常に大きな影響を及ぼしたOHIO PLAYERSの「Funky Worm」の高音シンセメロディも使用されており、こちらの楽曲のドッシリとしたテンポ的にも、後のGファンクの礎になった曲と言っても過言ではないだろう。

 

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The D.O.C. – The Formula (1989)





 

Eazy-EとN.W.A.のレーベル<Ruthless Records>に所属していたラッパーThe D.O.C.。彼は当時リリシズムが評価されており、ドクター・ドレーが<Ruthless Records>を脱退した後も、ドクター・ドレーの右腕としてドレーの作詞を手伝っていた。「The Formula」のビートは、当時のドクター・ドレーにしては珍しくメローであり、マーヴィン・ゲイの「Inner City Blues (Make Me Wanna Holler)」をサンプリングしている。90年代の西海岸のレイドバックなスタイルの先駆けとなったビートとも考えることができる。The D.O.C.は1stアルバム「No One Can Do It Better」をリリースした後、交通事故の結果、声を失ってしまった。

 

 

 

N.W.A. – 100 Miles and Runnin’ (1990)





 

『Straight Outta Compton』と同じように、アップテンポなブレイクビーツにアグレッシブなラップをフィーチャーされた楽曲。ドクター・ドレーも今までにないスピットをしており、こちらはグループを脱退したアイス・キューブとのビーフに発展した楽曲でもある。ジェイムス・ブラウンの「Give It Up Or Turnit A Loose」の後半のドラムビートとパーカッションがサンプリングされている。

 

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N.W.A. – Real N**gaz Don’t Die (1991)





 

歪んだギターが印象的な楽曲。N.W.A.の最後のアルバム『Efil4zaggin』に収録されており、この時代からドクター・ドレーは、ベーシストColin Wolfeなどのプレイヤーの生演奏を取り入れるようになる。

 

 

Dr. Dre & Snoop Dogg – Deep Cover (1992)





 

ドクター・ドレーのソロ名義初の作品であり、スヌープ・ドッグとドクター・ドレーの初コラボ作品。ここから伝説のプロデューサー/ラッパーのタッグが始まったと考えると、この楽曲を外すことはできないだろう。スヌープ・ドッグによると、ドクター・ドレー自身はこの楽曲が嫌いなようだ。1998年にはビッグ・パンとファット・ジョーが楽曲「Twinz」にて、このビートを使用した。

 

 

 

Dr. Dre – The Chronic (Intro) (1992)





 

ドクター・ドレーの伝説の1stアルバム『The Chronic』のイントロ。「The Chronic」はヒップホップの流れをガラッと変えた作品となった。ドッシリとしたベースラインに、OHIO PLAYERSの「Funky Worm」に影響されたとも言える高音シンセサウンドを世に広めた作品であり、Gファンクサウンドの幕開けを提示したイントロと言えるだろう。ドクター・ドレーとスヌープ・ドッグが確立したGファンクのサウンドは、90年代ヒップホップに多大な影響を与え、当時は東海岸のラッパーたちも取り入れたほどであった。ドラムは、かの有名なHoney Drippersの「Impeach the President」をサンプリングしている。

 

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Dr. Dre – Nuthin’ but a G thang (1992)





 

 

ドクター・ドレーの伝説の1stアルバム『The Chronic』の1stシングル。Leon Haywoodの「I Wanna Do Something Freaky to You」をサンプルすることにより、メローな西海岸サウンドを確立した。

 

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Dr. Dre – Let Me Ride (1992)





 

ドクター・ドレーにとって大きなインフルエンスである、ファンクの総帥ジョージ・クリントンが率いるParliamentの「Mothership Connection」をサンプルした「Let Me Ride」。元ネタの「Mothership Connection」から読み取ることができる「新時代につれていく」という「ソウル」、そしてPファンクからバトンを受け取り、Gファンク時代を作り上げた繋がりを感じることができる。実際にMVでは、Parliament Funkadelicのライブ映像が出てくる。

 

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Snoop Doggy Dogg – Who Am I (What’s My Name)? (1993)





 

ドクター・ドレーの『The Chronic』に収録されているEazy-Eのへのディストラック「Fuck Wit Dre Day (And Everybody’s Celebratin’)」と同じく、ジョージ・クリントン率いるファンカデリックの「(Not Just) Knee Deep」のベースラインを使用しているスヌープ・ドッグのデビューシングル「Who Am I (What’s My Name)?」。こちらのベースラインはGファンクを象徴するものとなり、その後の西海岸のトレンドを作り上げた。サビのメロディもジョージ・クリントンの「Atomic Dog」をサンプリングしており、この時期のドクター・ドレーとスヌープ・ドッグは頻繁にジョージ・クリントンとコラボをしていた。

 

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Snoop Doggy Dogg – Gin and Juice (1993)





 

 

 

ファンクバンドSlaveの「Watching You」や、George McCraeの「I Get Lifted」をサンプルしている「Gin and Juice」。冒頭の劇部分に出演するジャージーを着ている子供は、幼いころのBow Wowである。スヌープ・ドッグは近年、自身のジンのブランドを立ち上げていた。

 

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Ice Cube, Dr. Dre – Natural Born Killaz (1994)





 

映画「Murder Was the Case」のサウンドトラックに収録されていたドクター・ドレーとアイス・キューブのコラボ曲「Natural Born Killaz」。ホラー・コアのような作風となっており、分厚いシンセの音が印象的な曲。

 

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Dr. Dre – Keep Their Heads Ringin’ (1995)





 

アイス・キューブが手掛けた映画「Friday」のサウンドトラックに収録されている「Keep Their Heads Ringin’」。The Sequenceの「Funk You Up」のインターポレーションと、KRS-Oneのボーカルサンプルが印象的な作品。

 

 

 

2Pac – California Love (1995)





 

シュグ・ナイトが1.5億円ほどの釈放金を支払ったことにより、出所し、<デス・ロウ・レコード>に所属することになった2Pac。元々ドクター・ドレーは2Pacのためにこのビートを作ったわけではなく、デス・ロウから独立した後に自身で使用するためにこちらのビートを保存しておいたようだ()。2Pacの出所後、早急にアルバムを完成させるために、当時のデス・ロウにあったビートを集結させて2Pacに提供したため、こちらのビートも2Pacが使用することになった。

アルバム「All Eyez On Me」にはリミックスバージョンが収録されており、元々はドクター・ドレーが構想していたアルバム「The Chronic 2」にオリジナルが収録される予定であった。「California Love」のサビには、トークボックスの第一人者であり、ファンクレジェンドであるロジャー・トラウトマンが参加している。サビのメロディはロニー・ハドソンのウェストコーストアンセム「Westcoast Pop Lock」。

 

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2Pac – Can’t C Me (1996)





 

2Pacが生前リリースした最後のアルバム「All Eyez On Me」に収録されているハードなトラック。こちらもドクター・ドレーの「Fuck Wit Dre Day (And Everybody’s Celebratin’)」と、スヌープ・ドッグの「Who Am I (What’s My Name)?」と同じく、ファンカデリックの「(Not Just) Knee Deep」のベースラインが使用されている。ボーカルにはジョージ・クリントン本人が参加している。

 

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Snoop Dogg – Bitch Please (1999)





 

<No Limit Records>移籍の2枚目「No Limit Top Dogg」に収録されているトラック。前作「Da Game Is To Be Sold, Not To Be Told」で一度は西海岸のサウンドから離れたスヌープ・ドッグであるが、こちらのアルバムではドクター・ドレーと3曲コラボしている。他にもDJ Quikなどのプロデューサーともタッグを組んでおり、ファンクサウンドを復活させた作品となった。

 

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Dr. Dre – Still D.R.E. (1999)





 

1996年に<デス・ロウ・レコード>を脱退し、自身の<Aftermath Entertainment>を立ち上げたドクター・ドレー。コンピレーション「Dr. Dre Presents the Aftermath」をリリースし、the Firmのアルバムもプロデュースしたが、今までのように評価がされなかった。そこでドクター・ドレーは、ギャングスタ・ラップのルーツに戻り、ヒップホップのサウンドスケープを変えるほどのクオリティの作品「2001」を、1999年にリリースした。この作品はまさに90年代から2000年代にリスナーを誘うような作品で、2000年代のサウンドを定義づけたと言っても過言ではないだろう。元The Rootsのキーボーディスト、スコット・ストーチがドクター・ドレーの右腕となり、ピアノのリフが印象的な作品を数多く世に出した。

 

「2001」は、ドクター・ドレーにとって非常にプレッシャーであったようで、彼はNY Timesのインタビューにてこのように語っている。

 

ここ数年、ストリートでは俺が今でも良い作品をプロデュースできるかどうか、という議論が行われていた。口コミや雑誌には俺がもうヒット曲をプロデュースできない、とまで書かれていた。それが自分にとって一番のモチベーションだった。これ以上何をやればいいんだ?今まで何枚のアルバムをプラチナムになるまで売ってきたんだ?OKこれが俺の新アルバムだ。これを聞いて何か言うことがあるか?

 

 

Dr. Dre – Forgot About Dre (1999)





 

ドクター・ドレーの当時の新レーベル<Aftermath Entertainment>にとって、転機となったのがエミネムの存在だ。以前HIP HOP DNAでは、ドクター・ドレーとエミネムの出会いについて紹介したが、ジミー・アイオヴィンと共にエミネムを発掘したことは、彼のキャリアのハイライトの一つであると言っても過言ではないだろう。

 

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Dr. Dre – The Next Episode (1999)





 

元ネタを直接サンプリングするのではなく、演奏をし直すスタイルで制作をするドクター・ドレー。この楽曲はデイビッド・アクセルロッドがプロデュースしたDavid McCallumの「The Edge」をサンプリングしているが、当時デイビット・アクセルロッドはサンプリングという手法が嫌いだったようだ。しかしドクター・ドレーにサンプリングされたことにより大金が入ったようで、彼は生前行ったライブにて、このように語っている。

 

このコンサートのギャラは少なく、実はこのコンサートの実現を可能にするほどのギャラをもらっていないんだ。しかも私はシャルロットストリートホテルに泊まりたいと言ったけど、「宿泊と朝食以外は全部自腹であればOK」と言われたんだ。通常だったらそんな条件じゃ宿泊/ライブはできない。

さて、普通だったら、このコンサートの実現なんてできないだろう。どうやってできるようにしたかって?この曲のおかげだよ!ハッハッハッハッ!

俺はとんだ皮肉偽善者だ!私はサンプリングというものが大嫌いだった。ミュージシャンの仕事を奪っていたから反対していたんだよ。とんだジョークだ。実際にはサンプリングのおかげで「全部Fuckだ!」って言えるレベルのお金が入ったんだよ。だから俺は今ではサンプリングを愛してる。ありがとうドクター・ドレー。

 

 

その後、2000年代を象徴するサウンドを作っていったドクター・ドレー。2000年以降の作品については、後日【後編】にて紹介する。

 

Text:Kaz Skellington (Twitter / Instagram)

Source: https://genius.com/2pac-california-love-lyrics
https://www.revolt.tv/stories/2016/02/13/14-unearthed-facts-2pacs-eyez-d4544f2db0
https://www.facebook.com/Genius/photos/a.311163192385338/961770763991241/?type=3

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