Text by Jun Fukunaga
2010年代に起きた音楽業界におけるトレンドに関する大きな出来事といえば、EDM人気の勃興とそれに続くようにして起こったヒップホップの台頭の2つだろう。その結果、この2つのジャンルはボップスとして、同年代におけるチャートや賞レースを席巻。近年ではフェスのメインアクトをこれらのジャンルを代表するアーティストが務めることも珍しくなくなった。
一方、それまで人気を誇っていたロックにとって2010年代は停滞期と言っても決して過言ではない時期だったのではないだろうか? この時代に人気を博した新興バンドでフェスのヘッドライナーを務められるバンドは今やThe 1975など数えるほどなのだが、そんな時代のロックバンドとして、奇跡的に輝かしいキャリアを築き上げることができたのが、オーストラリア出身のサイケデリックロックバンドのTame Impalaだ。
バンドの中心人物であり、作詞作曲はもちろんのこと、演奏、スタジオ作業まで1人でこなす才人、Kevin Parker率いるTame Impalaは、ロックが停滞する2010年代において、デビューアルバム『Innerspeaker』を2010年にリリース以降、コンスタントにアルバムを制作。その中で訪れたブレイクのきっかけが、2015年リリースの3rdアルバム『Currents』だ。
同アルバムは、海外音楽メディアPitchforkのレビューで同じ年にリリースされたKendrick Lamarの名盤『To Pimp a Butterfly』と並ぶ、9.3点を獲得したことを始め、各メディアが絶賛。それを皮切りにTame Impalaは、音楽フェスの準ヘッドライナークラスに昇格し、2019年には世界で最も知られた音楽フェス「コーチェラ」にヘッドライナーの一角として出演するという目覚しい成長を遂げた。
そんなTame Impalaが先述の『Currents』以来、5年の沈黙を破って発表したのが2月14にリリースされた最新アルバム『The Slow Rush』なのだが、このアルバムリリースまでに実はKevin Parker及びTama Impalaは、”ヒップホップアーティストから最も愛されるロックアーティスト”の座を射止めていたことをご存知だろうか?
ヒップホップファンからすれば少々意外かもしれないが、これまでにKevin Parkerは数々のヒップホップアーティストからラブコールを受けてきた。そのきっかけを作ったのが何を隠そう、あのTyler, The Creatorなのだ。
Tyler, The Creatorは、Tama Impalaが『Currents』で世界的な大成功を掴む前の2012年の時点でファンであることを公言。その年にリリースされたアルバム『Lonerism』を絶賛している。また彼の盟友でもあるFrank Oceanも同じようにファンであることを公言しており、この2人はコラボ曲「Bimmer」でTame Impalaをトピックにするほど夢中になっていたのだ。
次に先述のKendrick LamerもTame Impalaとコラボを行なっているヒップホップアーティストの1人だ。彼らは2014年の映画『ダイバージェント』サントラ曲の「Backwards」でコラボし、Kendrick LamerはKevin Parkerによるトラックに乗せてラップしている。そのほかにもコラボでいえばSZAの未発表曲「Back Together」のプロデュースや、世界的に注目を集めたKanye Westの7曲入りアルバム『ye』収録曲「Violent Crimes」に共同作曲者として参加、Travis Scottの大ヒットアルバム『Astroworld』収録の「Skeletons」をプロデュースするなど、年を追うごとにヒップホップシーンとの結びつきを強めており、今では非ヒップホップシーン出身者ではJames Blake、Skrillexに匹敵する重要プロデューサー、ソングライターになっている。
また直接のコラボでなくともその存在感は際立っており、例えばRihannaは、自身のアルバム『ANTI』で「New Person, Same Old Mistakes」を「Same Ol’ Mistakes」としてカバー。Mobyのクラシック「Porcelain」をサンプリングするなど独特のサンプリングセンスでも注目を集めるA$AP Rockyが「Why Won’t You Make Up Your Mind?」を、Maxo Kreamが「Reality in Motion」をサンプリングするなど、Tama Impalaの音楽的才能はヒップホップアーティストを魅了し続けている。
一方、こういったヒップホップアーティストたちとの交流は、Kevin Parker自身にも影響を与えており、 Zane Loweによるインタビューでは、先述の Travis Scottの音楽制作に対する姿勢に影響を受けたと語っている。さらにNew York TimesやUproxxのインタビューでは、『The Slow Rush』の制作に関して、様々な音楽からのサンプリングというヒップホップ的手法やKanye Westの視点をTame Impalaに取り入れたことも明かしている。
そのことから『The Slow Rush』は、バンドの本質であるサイケデリックロック以外にディスコ、R&B、ファンク、ヒップヒップ、ハウス、テクノなど様々な要素が伺える内容になっているのだが、とりわけソフトロックの影響が大きいと指摘しているのがBillboardだ。その証拠にBillboardでは、同アルバムに影響を与えたと思われるソフトロック曲をピックアップ。例えば収録曲の「One More Year」のイントロは10ccの「I’m Not In Love」、「One More Hour」は、Kevin Parkerが敬愛するSupertrampの「The Logical Song」というようにそれぞれの類似性や影響を指摘している。
そういった指摘の中で興味深いのが先述のソフトロックを代表するバンド、10ccだ。実は10ccの楽曲はサンプリングソースの検索サイト「Who Sampled」で検索するとJ Dilla、MadlibのようなヒップホッププロデューサーやDanny Brownのような多くのラッパーたちからサンプリングされていることがわかる。この結果は、Tame Impalaのソフトロックからのサンプリング的手法が間接的にとはいえ、ヒップホップと結びついていることを意味するのだが、近年の両者の距離の近さを考えるとこれには何らかの縁を感じずにはいられない。
今やKanye Westはヒップホップの枠を超え、存在自体がポップカルチャーだ。そして、ヒップホップシーンでは、Post Maloneのようにヒップホップとロックのジャンルの壁を失くし、新たな”ポップス”を定義するアーティストも続々と出現している。そのような状況の中で元々はBritney SpearsやKylie Minogueのようなポップスを好むTame Impalaは、最近のインタビューでポップスの巨人、”Max Martinへの接近”を口にするなど、その音楽的嗜好をここにきてより具体化させ、『The Slow Rush』でヒップホップが辿った”ポップス化”の道筋を、今度はロック側から辿ってみせたのではないだろうか?
ジャンルベンディングでボーダレスであることが今のポップスの潮流だというのなら、Kevin Parkerは間違いなく、そのジャンルの壁に影響されることなく愛される才能を活かしてそれに取り組み、その成果として『The Slow Rush』を最新のポップス化してみせた。
ヒップホップアーティストたちがポップスを進化させる存在として音楽シーンで台頭する現在、同じくその道を行くTame Impalaは、彼らにとっては盟友と言える存在だ。それ故にヒップホップアーティストたちは、皆、Tame Impalaにシンパシーを感じ、その才能を讃え、愛情を捧げているのではないだろうか? 本稿で名前を挙げたTyler, The Creator、Kanye Westのような革新的なアーティストが実際にそうしていることを考えるとそう思わずにはいられない。