Text: Hitoshi Yoshioka ロンドン在住
Photo Credit: Carsten Windhorst
2016年にアメリカ国内のおける黒人による黒人差別や犯罪、ギャングなどの問題を掲げたアルバム『Black America Again』から早3年、シカゴの雄コモンが最新作「Let Love」をいよいよリリースする。最新シングル「HER Love」をすでにチェックされたファンもすでに居るのではないだろうか。7月2日に行われたロンドンでのリスニング・パーティの模様をお伝えしたい。
これまでソニー、MCA、ゲフィン/G.O.O.D. Music、そして前作のDef Jamとレーベルを渡り、今回はまだレーベル創業から7年というLAに拠点を置くLoma Vistaレコーズからのリリースとなる。ユニバーサル・グループがディストリビューションするコンコード・レコードの傘下レーベルのひとつだ。そのアーティスト・ロスターを見る限りマリリン・マンソンやRhye、サウンドガーデンなどロックからPOPまで幅広くカバーしているのだが、CEOのトム・ワーリーがコモンをDef Jamから引寄せたのは間違いないだろう。トムはThe Cureなど80年代後半にA&Rとして頭角を現しインタースコープの立ち上げに大きく関わった人物。直後に若干19歳の2Pacと契約、インタースコープをヒップホップの最前線にのしあげ、当時アンダーグラウンドであったウェスト・コースト・ヒップホップをメジャーの舞台に立たせた功績がある。
さて、コモンは今年5月に自身の生活、愛について綴った「Let Love Have The Last Word」を出版したばかり。幼少期に性的虐待を受けたことを初めて公表し話題になったことで、発売2週目にしてNY Timesのベストセラー入りを果たした。かのクインシー・ジョーンズをして「360度の才能を持つ数少ない才能」と絶賛されたほどだ。ほかにも俳優として「Barbershop 2」, 「Smoking Ace」など多数の映画に出演を果たしたほか、ジョン・レジェンドとのコラボ曲で2014年の映画「グローリー/明日への行進」(原題:Selma)の主題歌「Glory」がゴールデングローブ賞とアカデミー賞で“最優秀オリジナル・ソング賞”を受賞。動物保護団体や、政治活動家としてもますます活動の幅を拡げてきた。
このタイミングで新作「Let Love」を、満を持して発表。アルバムのタイトルからしてもお判りのとおり、コモン流の「愛の手引き書」というわけだ。書籍のコンセプトでもある「6つの愛の形」:宗教、自己愛、子供、パートナー、家族、コミュニティーを、決して単なるハッピーエンディングだけではない過去の失恋や体験などを、生まれ育ったシカゴでの幼少期のストーリーと織り交ぜながらリリックに載せている。
リスニング・パーティ当日はロンドンには珍しく快晴。コモンの新作の発表とあって、ロンドンでも最もトレンディーなSoho内にある会場のホテルには各メディアやユニバーサル・グループのEU諸国から招かれたジャーナリストが150名ほど集まった。白いフード付きジャケットに身を包んだコモンの登場で一気にざわめきが収まった。彼のマイクから発せられる言葉に皆が集中した。まず集まった客に対する感謝やレーベルや関係者にねぎらうあたりは流石だ。アルバム12枚を重ねた経験からだろうか。試聴会を時間内に収めるために、テンポ良く今回のアルバムの大体の制作について語ってくれた。
「制作したのは今年の1月から5月までだったよ。この期間はすべての仕事のオファーを断り、アルバム制作に集中した。NYのエレクトリック・レディ・スタジオで録ったんだ。俺はあんまり仲間をウヨウヨとスタジオに連れ込むタイプではないからね。」初めて自分の母への思いを込めた「God Is Love」からプレイバックをスタート。曲の後半はフリースタイルを披露、「カム・クロース」のようなストレートなラヴ・ソングではないものの、会場からの女性層からの拍手喝采を受けた。試聴会の2週間ほど前にリリースされた「Her LOVE」の解説は敢えて飛ばし、(長年連れ添ったシカゴ出身のプロデューサーであり相方のNO IDに触れることはなかった。)「Hercules」(ヘラクレス)ではSwizz Beatzを起用。これまで以外にも一度もタッグを組んだことがなかったのだが、コモン自らSwizz Beatzのスタジオを訪れて「デモを聴いて一発で気に入った」という。アルバム唯一のクラブ・バンガー。さらに、架空のカップルの浮気の発覚が自殺につながってしまうひねりの効いたコンセプトがユニークな「Fifth Story 」、BJ Chicago Kidの声がトラックとの相性も抜群な「Forever Your Love」では、-誰も語りたくない社会問題-をラップに乗せた。アルバムの一番最後に制作された曲でもある。アルバム全11曲のうち最も多くプロデュースに関わったサモラ・ピンダーヒューズは前作『Black America Again』で参加していたフルート奏者の弟だそう。「彼の才能は抜群なんだ。声も素晴らしいが、書く曲が最高なんだ。いずれにせよ、彼をフック・アップするつもりだよ。」サモラともう一人のコモン・サウンドの中心人物が長年のパートナーのカリーム・リギンス。今作はすべて彼によるドラムで、リズム・マシーンは使用していないそう。「カリームが叩いて、それをループさせてそこに俺がラップを入れる形が多かった。」と語る。最後になってようやく1stシングルの「Her LOVE」をプレイバック。「盟友のJ.ディラが実は俺のために書いてくれたトラックなんだけど、知らなかった。こんなトラックがまだ残っていたとはね。ヒップホップはカルチャーを変えた。ヒップホップは心の声なんだ。この曲ではそれを表現したかった。」愛するヒップホップ・アーティストの名を文字った名前リレーが後半に展開されるコモンならではの一ひねりも二ひねりも効いた楽曲に会場はどよめいた。
質疑応答はなかったが、会場内にいる150名の観客に丁寧に2曲ずつ選ばせその理由をじっくりと楽しんでいるようだった。様々な意見が飛び交ったが、それぞれの観客のコメントにじっくり耳を傾けていたのが印象的であった。ちなみに男性の人気は「Hercules」(ヘラクレス)だった。最後に話しかけた際に筆者と再会を誓ってくれたが、喜ばしいことに今年の12月あたりに来日ライヴを予定しているそうだ。今回のアルバム、書籍を手に取られた方もぜひライヴに足を運んで頂きたい。