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【サマソニ2019】Machine Gun Kellyのライブレポートと彼に見た「ロックスター像」。「Hotel Diablo」と多面性と心の居場所

 

Text: Kaz Skellington (Playatuner)

 

 

2019年

も早くも後三ヶ月である。今年も多くのライブを見る機会があり、インディーズ・アーティストの来日公演から夏フェスまで、様々なアーティストの世界観に浸ることができた。個人的には、今年の頭に表参道のWALL & WALLで来日公演をしたJMSNのライブがかなり衝撃的であり、彼の醸し出す大人な雰囲気にやられた。しかしそれとは逆に、「ロックスター」として一番やられたのがSUMMER SONIC 2019のMachine Gun Kelly(マシン・ガン・ケリー)だ。元々予定していた彼のインタビューは直前でキャンセルになったが、そんなことはどうでも良くなるぐらいインパクトに残ったライブとなった。少し時間が経ってしまったが、彼のライブでは確かな「ロックスター像」を見たことを思い出し、簡易的なライブレポートと共に、私が感じた「ロックスター像」について言語化してみようと思う

 

【関連記事】Machine Gun Kelly(マシン・ガン・ケリー)が最新アルバム「Hotel Diablo」にて見つけた「真実」。彼は悪魔のホテルにて、いかに表現者として成長したのか?

 

サマソニ2019にて、2日目のMOUNTAIN STAGEに出演していたマシン・ガン・ケリー。出番がBMTHの直前だったのもあり、会場には多くのBMTHシャツを着たファンがいた。そのためライブが始まる直前までは、少し心配していたのだが、ライブが始まった瞬間にそれが杞憂であったことに気がついた。1曲目でいきなりKid Rockをフィーチャーしたロック調の楽曲「Bad Motherfucker」を持ってきたMGKは、会場にいたロックファンたちの心を一気に掴んだ。期待通りの生バンド演奏であり、彼は初っ端から観客に中指を立てるように指示する。下記の動画は2017年のROCK AM RINGでの映像であるが、楽曲「Bad Motherfucker」のエネルギーが伝わるであろう。

 

 

MGKといえば2019年にアルバム「Hotel Diablo」をリリースしたことが記憶に新しい。個人的には最も気に入った彼のアルバムとなったのだが、やはりライブとなるとまた話は別である。「LOCO」のようなトラップ調の楽曲や、短い演奏であった「Wild Boy」や「Alpha Omega」のような曲で見せた盛り上がりは素晴らしく、MGKが元々持つ勢い/カリスマ性を見ることができた。

 

 

MGKのライブが他のラッパーのものと明らかに違う点として挙げられるのが、MGKが実際に楽器を演奏するというところであろう。頻繁にギターを弾いては、ステージ袖に待機しているローディーにギターをぶん投げるのだ。その投げられたギターを毎回綺麗にキャッチするローディーも凄いのだが、メンバー間で綿密に計算された演出が目立つライブでもあった。例えばMGKとドラマーのROOKがパートを交換し、MGKがドラム、ROOKがボーカルという編成で、モトリー・クルーの「Shout at the Devil」のカバーをやったのは、間違いなくMGKファンにとっては嬉しい出来事であろう。モトリー・クルーの伝記映画「The Dirt」にて、MGKがモトリー・クルーのドラマー、Tommy Leeを演じたのもあり、伝記映画が現実となった瞬間であった。実際にギターやドラムなどの楽器を練習し、「ラッパー」としてだけではなく、「ミュージシャン」として観客を喜ばせることができるMGKが持つ「音楽への愛」を感じることができた。

 

MGKはライブ中に何度もマイクを上に投げては、巧みにキャッチし、そのマイクさばきを見せていたが、上手く計算された演出といえば「ビールとアナーキー・シンボル」の下りであろう。MGKはライブ中に缶ビールを開け、その「プシュッ」という音を観客に聞かせていたが、実際にはほとんど飲むことはせずに床にこぼしていた。「案外こぼしてばかりで飲まないんだな…」と思っていたら、その次の曲でMGKが座り込んだ瞬間に私は驚いた。なんと彼は、こぼしたビールで、ステージ上に「アナーキー・シンボル」を描いており、その中心にしゃがみこみ、ラップをし始めたのだ。カメラのアングルが切り替わった瞬間に多くの人が気が付き、感心していた。まさに「計算された破天荒」であり、その演出力に脱帽した。「Blag Flag」というミックステープや、彼のタトゥーからもわかるように、彼はアナーキストであり、パンク・カルチャーに根づいたそのロゴを上手くライブに組み込んだのだ。

 

モトリー・クルーだけではなく、Rage Against the Machineの「Bulls On Parade」もカバーしたMGK。会場にいたロックファンたちの熱も上がったところで演奏された定番曲「Till I Die」では、モッシュも起こり、前から三列目で見ていた私としても大満足なライブであった。彼の地元であるクリーブランドへの止まらぬ愛、そして彼の思想とカリスマ性が溢れたライブとなった。MGKのライブが終わった後、BMTHやBaby Metalのシャツを着たファンたち複数人が「マシン・ガン・ケリーめっちゃかっこよかったー」と言っているのが聞こえてきたのも個人的には良かった。

 

 

 

ロックスター像

 

ロックスターと言うと、どのような存在を思い浮かべるだろうか?一般的なイメージだと「破天荒」など、そのバッドボーイ感を思い浮かべる人が多いだろう。もちろんそのような「イメージ」はあるが、私は個人的にその一面だけでは成り立たないと思っている。少なくとも、私はMGKに、その「破天荒」な一面以上のものを感じた。ステージに立つ姿、ステージ上でのスキル、上記で書いたビールの下り、マイクパフォーマンス、どれを取っても「自分もこのように人々の心を魅了したい」と思わせるものであったが、ロックスター像のキーワードとして、「多面性」というものがあると私は感じている。MGKの新アルバムを聞くと、その多面性を理解できる。

 

 

ステージ上では、観客を熱狂させ、人々を魅了するエンターテイナーとして活動するMGK。しかし「作品」という観点で彼の「Hotel Diablo」を聞くと、彼がいかに自分の「弱み」を出しているかがわかる。自分の中に潜む暗い部分と向き合い、それを認め、作品として昇華しているのだ。以前も「Hotel Diablo」の記事にて書いたが、彼はこのように語っている。

 

人生はずっと暗かったけど、その事実をあまり見せないようにしていた。3枚目のアルバムBloomでは、やっと素直になろうと思ったけど、それでも自分がハッピーな人間のような振る舞いをしていた。ずっと真の自分から逃げていた。

 

詳細はその記事を読んで頂きたいが、このような「作品」や「ステージ」での多面性が、なぜ私の「ロックスター像」となるのか?それは「憧れ」という感情によって「心の居場所」を提供していると感じるからである。

人間は誰しもが暗い感情を抱えている。特に思春期の子供もそうであるが、なんとなく社会に居場所がないと感じる人たちは多いだろう。そのような人たちがMGKなどの作品を聴き、自分と同じような感情や問題を抱いているMGKに共鳴をする。しかし、そんなMGKのようなアーティストは、作品で自分の暗い部分を表現しながらも、ステージ上では何千人ものファンを魅了しているのだ。その多面性を持つことにより、「自分にも暗い感情があり、居場所がないと感じることがあるけど、もしかしたら私もこのように人々を魅了できるかもしれない」という希望、そして目標となる「心の居場所」を提供することができているアーティストに、私は「ロックスター」を感じる。「破天荒」やメディア上のイメージだけでは「ロックスター」になれないと感じるのもそのためであり、私の「ロックスター像」にMGKは当てはまったのだ。彼の自信満々なパフォーマンスと表情の裏に、「Hollywood Whore」や「Candy」などいった彼の悲しさや孤独が見えた瞬間、私はMachine Gun Kellyという存在に魅了された。

 

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