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【Bas Interview】J. ColeのレーベルDreamville所属のラッパー・Basインタビュー!日本の音楽、J. Coleとの出会い、「体験と教育」などについて語る。

 

Interview & Text: Kaz Skellington (Playatuner)

 

 

偉大なヒップホップ・レーベル

というと、どのレーベルを思い浮かべるだろうか?90年代の場合、デス・ロウ・レコードやバッドボーイ・レコードを思い浮かべる人も多いだろう。現代でも素晴らしいヒップホップ・レーベルは多く存在しているが、そのなかでも頭角を現しているのがJ. Cole(J・コール)が率いるDreamvilleである。最近では大勢のゲストを呼んだコンピレーション「Revenge of the Dreamers III」がビルボード1位を獲得し、そのプロセス を紹介したドキュメンタリーも話題となっていた。

 

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勢いが止まらないレーベルDreamvilleであるが、J. Coleが一番最初に契約したのがラッパーBas(バス)である。Basはスーダン人の親の元に生まれ、8歳までパリに住んでいた。幼少期から頻繁にスーダンを訪れ、夏休みはアフリカ大陸で過ごすことが多かったと語る。J. Coleのマネージャーであり、Dreamvilleの共同創業者のIbrahim Hamadの弟でもあるBasは、ラップを始めたわずか数年後にデビューを果たしたのだ。2018年にリリースした「Milky Way」に収録されているJ. Coleとのコラボ「Tribe」もゴールド認定もされ、レーベルコンピ「Revenge of the Dreamers III」でも大活躍中の彼であるが、来日しているときに話す機会を頂いた。

 

 

Bas Interview by Kaz Skellington

 

 

➖頻繁に日本に来てると聞いたんだけど、何回ぐらい来てるのでしょうか?

Bas: もう何回も来てるよ!多分7~8回は来てるかな。

 

➖それは何故でしょうか?

Bas: 初めて日本に来たときは2015年で、そのときは兄(J.Coleのマネージャーであり、Dreamvilleの共同創業者)と一緒だったんだけど、来た瞬間にこの国の文化と恋に落ちたんだ。俺はNY出身なんだけど、東京はNYと共通点も多いし、NYを思い出すことも多い。東京のほうが綺麗だし、町並みもNYよりスマートなデザインになっているけどね。ご飯も美味しいし、ヒップホップや音楽への愛も深い。俺が愛して育ったものが、大きく根付いているのが東京なんだ。ライブはまだやったことないけど、一年に2回は遊びに来てるんだ。

 

➖両親がスーダン人なのは知っているのですが、どこで生まれたのですか?

Bas: 生まれはパリで、8歳のときにNYに引っ越したんだ。

 

➖パリにいた頃から音楽をやっていたのですか?

Bas: 音楽は作ってなかったけど、俺の家族には常に音楽があった。俺の叔父はスーダンで有名なウード・プレイヤーなんだ。ウードって楽器知ってる?

 

あのリュートみたいな楽器ですか?

Bas: そうそう。俺の叔父はウード奏者だし、他にもウードを演奏している家族は多い。

 

➖Basはどのようにして音楽の世界に入ったのでしょうか?

Bas: 本当に偶然だったんだよね。当時大学を中退して、何もしてなくて。毎日ストリートに出て、毎晩パーティしたり、酒を飲んだりしてた時期だった。でもある日、ふざけて「ラップを録ろうぜ」という流れになったんだ。マックブックのGaragebandで、皆でふざけたラップを録ったんだけど、次に日に起きて「あれ、またやりたいな…」と思ったんだ。

 

あのラップを録る感覚は中毒になりますよね

Bas: そうなんだよ!それで毎日やりたいという気持ちになったんだ。俺は最初ただラップで遊んでるだけだったんだけど、一緒にやってた友人たちが皆「真剣にやってみたほうがいい」と後押ししてくれたんだ。

 

➖それがキャリアになったって考えると、人生って何が起こるかわからないですよね

Bas: 本当だよな。完全に偶然だったし、本当に運が良かったよ。世の中のほとんど人が、このような「人生を変えるようなきっかけ」と出会わないで生きている。想像もつかないよ。

 

➖パリや海外に住んでいた経験は、自分のアーティスト性に影響をしたと思いますか?

Bas: もちろん影響は大きいよ。パリに住んでいたのもそうだけど、今でも夏はスーダンで過ごしていることが多いし。音楽は「ワールド・カルチャー」なんだ。どこにいてもインスピレーションを受けることができる。東京にいても、裏路地の6階とかにあるアナログレコード・バーとかでインスピレーションを受けることができる。

 

➖日本のアナログレコード・バーの文化は凄いですよね

Bas: 凄いし、アメリカだとそういう文化は死にかけてるから、日本のアナログレコード・バーでジャズとかを聴くと驚くんだ。面白いと思ったのは、俺らの国で存在した音楽の流行りに呼応するように、日本でも同じような流行りがあったということだ。東京のバーで飲んでたときに、ジャクソン5のような音楽がかかったと思ったら、日本語で歌ってて驚いたよ。グループの名前は忘れちゃったんだけど、70年代のレコードで、かっこよかったのは覚えている。

 

➖日本では今でも20年前〜30年前の音楽にインスパイアされた若い世代とかが、シティ・ポップをやっていたりします

Bas: そういう名前なんだ。そうやってファンクとかブラック・ミュージックに影響された文化が根付いているのはいいことだね。でもそういう日本のクラシック的なファンク・ミュージックってストリーミング配信されてないよね?聞きたいのに、探しても全然出てこないんだ。そこのバーも全部アナログだったし、どうやって家に帰ったときに聞いたり、探したりすればいいのかわからなかった。

 

➖ストリーミングに多くの作品が出ていないのもそうですけど、日本の一般的な層は恐らくそこまで音楽を聞かないから、そういう人たちを知らなかったりするんですよね

Bas: 彼らがいかに才能があって、いい音楽を作ってるかということを知らない人も多いのか

 

➖そうなんですよ。しかも日本で生まれたそういう素晴らしいアナログとかは、今では海外からの需要が多いから、日本の外に出ていっている感覚もなんとなくあるんですよね。自国の音楽的財産が国外に散らばっていく時代になっていると思います。

Bas: なるほど。そういうのは国の宝物だよ。

 

➖Future FunkとかVaporwaveのトラックメーカーたちが、日本のそういう音楽をサンプリングしているの凄いな、と思うんですよね

Bas: そう!アーティスト的には、そういう昔の音楽を聞いてインスピレーションを受けると、サンプリングしたくなるんだ。でも埋蔵金のように、探そうと思っても見つからないことが多い。掘っても見つからなかったりする。

 

 

生い立ち、音楽活動をはじめたきっかけ、そして日本の音楽文化について語ったBas。特に日本のレコード・バーなどで発見した音楽がインターネットに出回っていないという話が印象深かった。今後カタログ音源が海外に広まるなかで、インターネットにアーカイブがあることの重要性を改めて実感した。ラッパーとしての活動やJ. Coleについて聞いてみた。

 

 

➖Basは音楽活動を始める前からJ. Coleのことを知ってたんですよね?

Bas:そう。彼は俺の地元であるクイーンズNYの大学に通っていて、俺の兄のIbrahimと同級生だったんだ。

 

➖IbrahimはJ. Coleのマネージャーでもありますよね?

Bas:そうそう。でも当時は皆だたの友達で、一緒にバスケとかをやってたよ。実際にColeがラップしてるって知ったのは、彼が大学を卒業した後だな。兄が「Jermaine(Jコール)がラップしてるの知ってる?」って言ってきたとき、俺は「え、まじ?あのライト・スキンのJermaineが?」って反応だった。その頃から、彼らがデモを配るためにマンハッタンに毎日のように通いはじめたのを覚えている。

 

➖初めてJ. Coleのラップを聞いたとき、どんな感想でした?

Bas: いや、驚いたよ。俺はNYの人だから、ラップで俺のことを驚かせるのは簡単じゃない。NYの人たちはラップに関しては厳しいし、俺は何人もの才能のあるラッパーたちと一緒に育ってきた。でもJ. Coleのラップには、生の感情があったし、等身大のストーリーがあった。彼のラップにはNYの俺が知らない観点のラップがあった。

 

➖どうやってJ. ColeのDreamvilleと契約したのですか?また、J. ColeがBasの中に見たものはなんだったのでしょうか?もちろんラップのスキルはその一つだと思いますが

Bas: 俺はJ. Coleに音源を送ってたわけじゃないんだ。ただ俺の兄がColeに曲を聞かせてたらしく、ある日、Coleから電話が来たんだ。俺はまだ素人感まるだしだったけど、当時Coleに言われたことを覚えてる。彼は電話でこう言ってくれたんだ。

まだ荒削りなところはあるけど、既にお前は自分のスタイルを持っている。他の誰かの真似をしているわけではなく、ラップを聞いた瞬間にBasだってわかる。2~3年後、Basがどのように成長しているかが楽しみだ」ってね。ヤバイのは、その2年後、俺はDreamvilleの第一弾アーティストとしてデビューすることになったんだ。

 

➖凄い。でももっと凄いと思うのは、最初からアーティストとして「自分」を持っていたことのような気もします。私もアーティスト活動をやっている身として理解できるんですけど、アーティスト活動を始めて最初の5年ぐらいは、大体「他のアーティスト」を意識したり、真似をしたりして始まるじゃないですか?

Bas: そうそう。最初は自分の身の回りを真似して始まる。もちろん俺も色々なアーティストから影響されたよ。でもうちの兄がよく言うんだけど、俺は小さい頃から「自分」を持っていたらしいんだ。他の人と違う意見を持っていたとしても、それが自分にとって「自然」な状態だった。自分以外の何かを追いかける必要もなかった。強い意志を持った家族に生まれたからというのもあるし、5人兄弟の末っ子だからというのもあるかもしれない。深い愛と応援を、小さい頃からもらっていたんだ。そういうバックグラウンドがあったから、アーティスト活動を始めたときも「誰かのようにならないといけない」というプレッシャーを感じなかった。

 

お兄さんがDreamvilleの共同創業者ですけど、家族と一緒に仕事をするってどういう感覚なのでしょうか?私にも兄がいて、仲は良いですけど音楽の話とかは全くしないので

Bas: まぁ一つあるのは、めちゃくちゃ素直な意見を言えるということかな。どんなに違う意見を持っていたとしても、血が繋がっている兄弟なんだ。もし俺が全くの他人や、ただのビジネスパートナーと契約していたとしたら、そこまで素直に意見を言い合うのは難しいだろうし、意見の食い違いで言い合いになったとき、仲直りするのが難しいかもしれない。でも血が繋がっている兄弟だと、どんなに違う意見を持っていても、一生お互いを応援する存在になれる。

 

➖特にレーベルとアーティストのいざこざって多いですもんね

Bas: そんな話ばかりだよな。俺は「アーティスト」がやってるレーベルに所属できて、かなり恵まれているよ。自分がやろうと思ったアートに対して、かなり自由だし、何か問題があったら彼らに直接言うことができる。この業界は、毒が多いし、色々なアートや文化を自分にとって良いように「盗用」しようとするズルい人が多いけど、自分はそのような人たちと音楽をやらないで済んでいるのはかなり恵まれているよ。

 

 

 

J. Coleとの出会い、そして彼と契約した経緯を語ったBas。最初はバスケなどを一緒にやる友人から始まったというのもあり、彼がラップをしていると知ったときは驚いたそうだ。結果的に自身もラップを始めることになるが、その時のJ. Coleとの会話の内容が非常に印象的である。アーティストとして「自身」であることの重要性、そしてJ. ColeがBasのなかに見たものを知ることができた。

さらに、「グローバル」な人間として、多くの環境で様々な体験することの重要性について聞いてみた。

 

 

➖トピックを変えましょう。世の中のラッパーたちの多くは、世界をツアーできるわけではない。世界をツアーしたとしても、みんな1つの国に2日ぐらい滞在して他に国に移動したりします。でもBasは単に世界をツアーしているだけではなく、本当に「グローバル」な人のような気がするんですよね。例えば日本にも年に2回ぐらい来たり、多分他の国にも同じような感じで滞在しているように見受けられます。

Bas: そうそう。実際に日本には何回も来てるけど、一度もライブはやったことないんだよね。俺は育ちからも、人間として「グローバル」なんだ。スーダン人であり、パリで生まれ、NY出身でもある。父親は大使で、俺はフランスとNY以外にも、カタールに住んでいたこともある。そして今では多くの文化が集まり、グローバルな土地であるLAに住んでいる。俺はアフリカ人だし、姉は国連で働いている。俺は小さい頃から、旅をして、他の文化を実際に「体験」することに喜びを感じていたんだ。

例えば日本に来ても、朝5時に市場で鮮魚が売られているのを見に行った後に、裏路地にある小さなお店でご飯を食べる。そういうことが人生を豊かにするし、視野が広がる。色んな環境で多くの経験をするのは重要だ。

 

➖カリフォルニアで育って、日本に10年以上住んでいる私としては、今でも周りの人となんとなく価値観が合わなかったりするんですよね。どちらが正しいとかではないんですけど、アーティストとしても、私は色んなものを実際に体験して、自分の肌で感じて、自分の目で見たい。

Bas: アーティストだけじゃなくて、誰にとってもそれは重要だよ!学ぶためには、自分にとっての「安全地帯」から飛び出る経験をしないといけないんだ。俺は自分が旅をするときに、音楽をやっていない友達を連れていくんだ。自分の国と文化しか体験しないで生きていくこともできるけど、そういう人たちが新しい文化の中で、自分の人生にとって新しい「舵」を見つけていくのが凄く好きだ。

正直そうやって自分が見たこと/感じたことがない文化と触れ合うのは、一番有効な「教育」の形だと思う。世の中に出てる本や、教科書というのは、少なからず何かしらのバイアスがかかってる。それは国にとって都合が良いように書かれていたり、力を持った人たちにとって都合が良い形であったりする。

 

➖それはまじで思います!世の中に存在している「バイアス」について伝えようとしても、ずっと同じ環境で過ごしてきた人たちには中々伝わらない場合もあると思います。教科書、本、ネットの記事を読んで、自分で考えて体験する前に「正しい」と信じ込む人も多いですけど、世の中そんな「1か100」みたいな、「正しい/間違えてる」で判断できないことが多いと思います。

Bas: 本当にそれな!例えば俺は自分が大人になって、はじめてアフリカ大陸の本当の大きさを知った。でも教科書とかでは、アメリカとアフリカが同じサイズのように描かれている。自分が体験したことではなく、そういう「人に与えられた情報」は、何かしらのバイアスがかかってるんだ。自分で実際に出向いてみて、体験してみることが唯一そのバイアスにコントロールされない方法なんだ。

例えばニュースとかを見てると、「中東にいる人たちは皆テロリスト」という印象を受けるし、「西欧の人たちは中東に行ってはいけない」という感じで報道されている。でも実際に行ってみると、あんなにホスピタリティに溢れた人たちはいないと感じるほど、素晴らしい人たちがいる。自分で探しにいかず、自分の目で実際に見ないのは、かなり危険なんだ。だから俺は旅をして、色々な人たちと関係を持つのが好きなんだ。

 

➖実際にどこかに滞在してて、印象的だった出来事ってありますか?

Bas: 日本で印象的だったことを言うと、それは頻繁に日本に来る理由でもあるんだ。アフリカ大陸以外の土地で、俺のことを「Ni**a」として扱わなかったのは、日本だけかもしれない。他の国の多くは、西欧の文化にコントロールされているし、その文化の多くは白人至上主義者たちが支配している。世界のほとんどの場所は、アフリカやアフリカ人をネガティブに捉えるような、西欧の価値観を持っている。でも日本ではそう感じないんだ。もしかしたら、歴史的に日本はそういう国に支配されていなかったからか、鎖国をしていた長い歴史があるからか、独立的な価値観があるのかもしれない。なんとなく、素の状態で世界を見ている人が多い気がする。

例えば他の国だと、道を歩いていても、黒人の俺とすれ違う人たちは少し表情がこわばったり、鞄を自分の近くに寄せたりするんだ。でも日本だと、その感覚を味わったことがない。逆に近づいてきて、声をかけてくれたりする。俺がかなり驚いたのは、京都で大仏を見たときだ。長い列ができてて、「何があるんだろ?」と思って覗いてみたら、大きな大仏がいた。驚いたのは、大仏の肌が色黒で、唇も厚く、鼻も大きかったことだ。

 

➖宗教についてはあまり詳しくないけど、インドかネパールの人だと言われてますね。でも、もしこれがアメリカやヨーロッパが先に取り入れた宗教だったとしたら?ってことですよね?

Bas: そうそう!(笑)欧米の国では、教科書とかでキリストが白人として描写されてるように、大仏も白人風になっていただろう。中東の人間であるキリストが、いつのまにか白人になっていたように、力を持った白人たちが世界的な印象をコントロールをしているんだ。あまり政治的なことは言いたくないから、ここまでにしておくけど、そうやってアフリカに対してのイメージも作っているんだ。でも日本はその影響下にないというか、世界とは違うルールでみんな生活しているように感じる。

 

➖私自身が生い立ち的にも、日本人的な感覚で日本を見れているのかどうかはわからないんですが、確かに世界とは違うルールで動いてる感じ少しあるかもです

Bas: 君はサード・カルチャー・キッドだから色々感じることもあるだろうね。

 

 

彼は「グローバル」な人として、多くの文化を肌で体験することの重要性について語った。そのように、自分が見たこと/感じたことがない文化と触れ合うことが、一番有効な「教育」だと語った彼の意見に共感する人も多いだろう。今まで多くの人と、この「体験」と「教育」というものの価値観がについて話したが、個人的にBasほど意見があった人は珍しいかもしれない。彼の音楽のバックボーンとなる「体験」についてある程度理解できたところで、Dreamvilleや「Revenge of the Dreamers III」についてさらに聞いてみた。

 

 

 

➖Dreamvilleや音楽制作について、もう少し聞きたいです。もちろん毎回違うと思いますが、どのような制作プロセスで作品を作っていますか?

Bas: 全体的にプロデューサーが作る「音楽」と「ビート」から始まる。自分の曲作りは、それを聞いたときに浮かんでくる「感情」から始まるんだ。それがハッピーなものなのか、祝う感情なのか、悲しい感情なのか、反抗的なのか… 音楽が自分の「ソウル(魂)」に訴えかけるものを読み取り、自分の人生や周りの人の人生の感情に語りかけるような方法を探す。

ビートと感情と言葉が完全にマッチしたものは特別なものになるし、リスナーの耳を超えて心や人生に残るものになる。

 

➖今ヒップホップで一番熱いレーベルであるDreamvilleに所属しているメリットはなんですか?もちろん多くあると思いますが。

Bas: こないだちょうどColeと話してたんだけど、作品に関する自由が無限にあるんだ。自分の作品を作るにおいて、こんなに自由でいられるのは、音楽業界ではかなり珍しい。「ヒット・シングルを作れ!」とも言われない。自分を素直に表現することによって、ツアーとかリリースのサポートをしてもらうことができる。単にヒット曲をリリースして終わりではなく、「アーティスト」として持続的なキャリアを作るサポートを受けることができるんだ。

 

➖「Revenge of the Dreamers III」について教えてください。あんなに多くのゲストが集まって、合宿のような感じで制作するのは、ものすごい経験だったのではないでしょうか?

Bas: 「Costa Rica」が一番楽しいセッションだったかもしれない。このコンピでは、Dreamville所属のアーティストが、各スタジオのリーダーみたいな役割で曲作りを進めていったんだけど、楽曲制作における「ディレクション」の経験をすることができたんだ。「どうやったら楽曲に7人ものラッパーを参加させつつ、リスナーが飽きないような構成にするのか?」とかを考えるのが楽しかった。

 

➖いわゆるヒップホップ的な意味での「プロデューサー」ではなく、そのスタジオ内でのクインシー・ジョーンズのような役割という感じですね。

Bas: まさにそんな感じ!だから、自分がセッションに参加した曲には誇りを持ってるんだ。スポーツチームのコーチのような感覚を味わうことができた。ポジションを決めるように、どのアーティストにどのパートを担当してもらうかアサインするんだ。

 

➖しかも単に遊びにきただけの人たちじゃなくて、招待されたスキルを持ったアーティストたちですしね

Bas: そう。信頼できるアーティストたちとそういう経験ができて、最高だったよ。

 

➖アーティストのスタジオの様子とかの話を聞いたり、映像を見たりするのがインスピレーションになるから好きなんですよね。いつもJay-Zの「Fade to Black」というドキュメンタリーに収録されている、あのTimbalandがJay-Zに初めて「Dirt off Your Shoulders」のビートを聞かせるシーンをモチベーションのために見てます(笑)

Bas:それってあのTimbalandがスタジオでバナナ食べてるやつだよね?俺もあれ毎日見てたよ!あれは最高の映像だよな。

 

 

➖それでは最後に、Basの今後の動きを教えてください

Bas: 今年の夏と秋はたくさん音楽をリリースしたいと思うよ。アルバムではないんだけど、「Basと仲間たち」みたいなコラボ作品を多くリリースする予定だ。「Revenge of the Dreamers」のセッションでは色々と学ぶこともあったし、今回コンピに入らなかった曲も多いんだ。だからそういう楽曲を世に出せればいいな、と思う。後はロンドンのバンド、The Hicksとのコラボアルバムを作ってるよ。とにかくコンシスタントに活動していくよ。

 

➖ありがとうございました!

 

 

インタビューを実施したのは「Revenge of the Dreamers III」のリリース前であったにも関わらず、スタジオの様子について教えてくれたBas。「Revenge of the Dreamers III」はビルボード1位も達成し、素晴らしい作品となったので是非チェックしていただきたい。インタビュー全体を通して、Basは個人的にも意見が合うことが多く、インタビュー後もインスタグラムにて「君は今まで出会った中で最も良いインタビューアーのうちの一人だ」とDMしてくれたほどインスピレーションを人に与えることができる人物である。彼のそのような人柄が、多くの出会いや関係を生み、その出会いによる経験が音楽のバッググラウンドとして積み重なっているのだろう。今後も彼の活動が楽しみである。

 

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