Text: Kaz Skellington (Playatuner)
「ボーイバンド」というと、どのグループを思い浮かべるだろうか?1990年代と2000年代前半を覚えている人であれば、The Backstreet BoysやNSYNCなどの名前が出てくるであろう。しかし近年、とある集団の影響でそんな「ボーイバンド」という単語の印象が変わってきている。その集団とはBROCKHAMPTON(ブロックハンプトン)である。Kevin Abstract(ケヴィン・アブストラクト)を中心に、彼の学生時代の友人たちや、オンラインフォーラムである「KanyeToThe」でメンバーを募集し、結成されたインターネット時代の「ボーイバンド」であるが、今年はSUMMER SONIC 2019での来日公演も話題になっていた。
2016年に初ミックステープをリリースして以来、短いスパンで5枚ものアルバムをリリースしてきた「ボーイバンド」と言うと、かなり順風満帆な音楽キャリアのように思えるだろう。彼らはサマソニ出演直後となった8月23日に5枚目のアルバム「GINGER」をリリースしたのだが、このアルバムにはそんな彼らの魂の「叫び」が多く収録されていた。サマソニと夏が終わり、彼ら史上最も「内省的」なアルバムがリリースされた記念として、サマソニ東京公演の感想を踏まえた上でアルバム「GINGER」について考えたい。
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ブロックハンプトンのSUMMER SONIC 2019 TOKYOは3日目のMountain Stageにて行われた。ステージの下手側と上手側には巨大な「手」を模したバルーンが設置されており、不気味でワイルドな雰囲気のなかにも、誰かに助けを求めているような切なさを感じる世界観を作っていた。アルバム「GINGER」の1stシングルとして公開されていた「I Been Born Again」からライブが始まり、Bearface、Kevin Abstract、Dom McLennon、Joba、Merlyn Wood、Matt Championが登場する。「GINGER」から公開されていた楽曲たちはメローなものが多かったのもあり、今回の公演はどのようなものになるのだろうか?と思ったが、「GOLD」で観客をぶち上げたことにより、その心配は無用だったことに気が付かされた。「GOLD」はデビュー・アルバム「Saturation」の3rdシングルであるが、サビの「I keep a gold chain on my neck, fly as a jet, boy, better treat me with respect」でもわかるように、この楽曲は今後手に入れるであろう経済的/物質的な成功(Gold)だけではなく、精神的に「リスペクト」を得ることを重要視している。彼らのキャリアでは比較的に初期の楽曲であるが、そのセルフボーストのなかにも「リスペクト/受け入れられたい」という希望が見えてくる。
その後は新アルバム「GINGER」から公演直前に公開された「BOY BYE」を披露したブロックハンプトン。この楽曲は、「チル」で済ますにはもったいない内容である。彼らの過去のトラウマ的な出来事、成功を掴んだ後に襲ってくる信頼不足と鬱症状、Kevin Abstractのセクシュアリティを拒絶した母との関係…このような内容をエモーショナルにパフォーマンスをする。全パフォーマンス・メンバーが参加している楽曲であり、そのような「自分たちの過去の経験」と向き合った生の感情を、ステージ上で吐き出してくれたことに感謝をしたい。その後は、「GUMMY」と「J’OUVERT」と観客を湧かせた。特に「J’OUVERT」でアグレッシブなぶちかまし、燃え尽きる姿を見せたJobaは私の個人的な推しメンバーだ。彼のラップのデリバリー、プロダクション、エンジニアリング、歌などは、どれを取っても才能に溢れている。ステージ上で鼻血を出したり、寝そべったりする彼のエネルギーはグループでも唯一無二と言っても過言ではないだろう。
人気曲「BLEACH」では、楽曲が始まった瞬間に「黄色い声援」にふさわしい歓声が挙がり、観客の多くがシンガロングしていた。その後は「1999 WILDFIRE」から最後の曲「BOOGIE」となるわけであるが、元ネタのサックスのインストが流れている間にメンバーはピットを開けるように指示する。ライブ中に何度か不発で終わっていたモッシュピット指示であるが、最後の曲ということもあり、「この曲ではみんなやってくれ」とMerlynが言っていたのが印象に残っている。結果的に「BOOGIE」は一番の盛り上がりを見せ、この楽曲に込められた「今まで打ちのめされてきた人生であったが、これからは誰も俺を止めることができない」という意気込みが伝わってくるパフォーマンスであった。
おそろいのジャンプスーツ、一人ひとりにきちんとスポットライトが当たるような演出、ラップ/歌のクオリティを披露してくれたブロックハンプトンのライブは、海外メディアの評判通り、上手く構築されたショーとしてサマソニ3日目のなかでも頭角を表していた。2018年にタイラー・ザ・クリエイターのCamp Flog Gnawに出演した際にも、Kids See Ghostの直前のセットにも関わらず、ベストアクトとしてブロックハンプトンの名を挙げていた観客が多かったことからも、期待が高まっていた。そんな期待に答えてくれたブロックハンプトンであった。そんな彼らのライブを見た数日後、アルバム「GINGER」がリリースされた。
GINGER
サマソニの週、彼らはアルバム「GINGER」をリリースした。元々ライブレポートは書く予定であったが、どうしても私はこのアルバムを聞いてから記事を書きたいと思っているうちに、サマソニが終了してから2週間が経ってしまった。「GINGER」はブロックハンプトン史上、個人的には最も刺さったアルバムとなったわけであるが、このアルバムは記事の冒頭でも説明したように、非常に「内省的」なのだ。自身の暗い部分、内面的な衝突、迷いなどのテーマを歌いつつ、それに対して救いを求めていることが伝わってくる。元々暗いテーマな曲が多いブロックハンプトンであるが、それが自分の内なる感情と向き合って生まれたものという意味では、今回のアルバムでは「アーティスト」集団として成長した彼らの姿を見ることができた。
2018年に起こったメンバーAmeerの性的虐待疑惑から、彼の脱退、そして活動休止を経た今回のアルバム(楽曲「Dearly Departed」のドムのヴァースはAmeerについて書かれており、彼の失望を感じることができる)。「TEAM EFFORT」と「PUPPY」という二枚のアルバムをお蔵入りにし、俳優シャイア・ラブーフとのセラピー・セッションをきっかけに0から短期間で制作された「GINGER」を聞いて感じたことがある。彼らはKevin Abstractのセクシュアリティ以外にも、社会に何かしらの居場所を感じることが難しかった若者たちなのかもしれない。彼らを個人レベルで知っているわけではないが、彼らの音楽にはその「居場所」を求めた叫びを感じることができ、だからこそ世界中の居場所がないと感じている若者たちや、何かしら不安を感じているリスナーと共鳴をするのかもしれない。ケンドリック・ラマーや、エミネムが「Rock Bottom」や「Sing for the Moment」にて多くの若者を精神的に救ったように、自身が抱える「リアル」を吐き出した音楽は人の心と共鳴し、抱える辛さを分け合うことができる。特に「NO HALO」「DEARLY DEPARTED」「BOY BYE」ではそれを強く感じた。「ボーイバンド」ではあるが、今まで存在していたボーイバンドとの違いはそこにあり、そのような「魂の叫びを昇華した作品」をリリースし続けるアーティストは、今後も世界を少しづつ過ごしやすい場所にするであろう。そんな一人ひとりが抱え、乗り越え、サマーソニックのステージに立ったブロックハンプトンのライブを見ることができたことに感謝したい。