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ヒップホップ映画とサントラは何を映してきたか

 

 

text: Sho Okuda

 

2018年に最もブレイクした新人ラッパーは誰かという問いに対し、リル・ベイビー(Lil Baby)の名前を挙げる人は少なくないだろう。2017年2月にラップを始めたばかりだという彼は、昨年だけで3作品をリリースするなど精力的に活動。中でも10月にドロップしたガンナ(Gunna)とのコラボ作『Drip Harder』は、Complexの年間ベスト・アルバムで12位に選出されるなど高い評価を得た。同作収録の「Drip Too Hard」や、ドレイク(Drake)を客演に迎えた「Yes Indeed」は特に大きなヒットとなり、いずれもプラチナムを達成。2019年のさらなるステップアップが期待されるラッパーの一人だ。

 

そんなリル・ベイビーの代表曲に、ミックステープ『Harder Than Hard』(2017年)収録の「My Dawg」がある。同曲のMVに使われている、ドレッドの若者が嬉々としてビデオを観ている映像は、映画『ポケットいっぱいの涙』(原題:Menace II Society、1993年)のワンシーンだ。03グリード(03 Greedo)の地元としても知られる、ワッツのジョーダン・ダウンズを舞台にした同映画が公開された頃には、そのアトランタのラッパーはまだ生まれてもいない。そんな彼の楽曲のMVに『ポケットいっぱいの涙』のシーンが登場するという事実は、同作が彼のようなフッドに暮らす人々の間で語り継がれてきたことの証左と言ってもいいだろう。

 

ヒップホップ音楽が生まれる背景を映し出す作品たち

映画はヒップホップの歴史において、ずっと重要な一要素であり続けてきた。90年代前半に人気を博したフッド・ムービー(フッドの日常を題材にした映画)には、前述の『ポケットいっぱいの涙』のほか、アイス・キューブ(Ice Cube)も出演したジョン・シングルトン監督の『ボーイズ’ン・ザ・フッド』(原題:Boyz n the Hood、1991年)などがある。これらのフッド・ムービーは、その土地のセンセーショナルな面を強調するばかりでなく、そこに暮らす人々が経験するストラグルや葛藤を描き、共感と称賛を集めてきた。フッド・ムービーはここ数年も熱く、『DOPE/ドープ!!』(原題:Dope、2015年)や『キックス』(原題:Kicks、2016年)、『ムーンライト』(原題:Moonlight、2016年)といったヒット作品が生まれている。こうした近年の作品では、スクール・カーストの下位層やLGBTQといった、往年のフッド・ムービーではどちらかといえば蚊帳の外であったような属性の登場人物に光が当たっているのが印象的だ。これは、多様性をたたえる昨今のヒップホップ・シーンとも、どこか重なりはしないだろうか。

 

スパイク・リー監督作品『ドゥ・ザ・ライト・シング』(原題:Do The Right Thing、1989年)や、オマー・エップスと2パック(Tupac Shakur)がダブル主演した『ジュース』(原題:Juice、1991年)なども、インナーシティの実情をヴィヴィッドに描いていた。音楽に焦点を当てた作品としては、言わずと知れたエミネム(Eminem)の自伝的映画『8マイル』(原題:8 Mile、2002年)や、メンフィスを舞台に一人のピンプがラッパーに成り上がるさまを描いた『ハッスル&フロウ』(原題:Hustle & Flow、2005年)などが挙げられる。いずれにしても、これらの映画は、ヒップホップの楽曲が生まれる背景ともいえる人々の生活を克明に描いてきた。

 

第91回アカデミー賞で7部門にノミネートされた、ライアン・クーグラー監督のマーベル作品『ブラックパンサー』(原題:Black Panther、2018年)も、上述の映画たちの仲間入りを果たしたと言ってよいかもしれない。同作はフッド・ムービーではないし、ヒップホップそのものを題材にした映画でもない。それでも、マーベル初の黒人ヒーローを据えた『ブラックパンサー』のヒップホップ性を否定することは、ほとんど不可能であろう。そこにあるのは、こんな時代だからこそ輝きを放つインクルーシブネスと、アーバン・コミュニティへの眼差しだ。

 

サントラが果たす2つの役割

こうした映画に欠かせないのがサウンドトラックだ。それこそ『ポケットいっぱいの涙』であれば、MCエイト(MC Eiht)の「Streiht Up Menace」は映画のストーリーをなぞるかのような内容の名曲であった。パブリック・エネミー(Public Enemy)の「Fight The Power」は、登場人物=ラジオ・ラヒームのテーマ曲としてこの上なく似つかわしい。エミネムの「Lose Yourself」を聴けば、『8マイル』の主人公=ラビットがラップ・バトルに挑む様子がありありと浮かんでくる。繰り返しになるが、これらの映画は、ヒップホップ楽曲が生まれる背景を映像というかたちで描き出している。その内容に忠実な楽曲となれば、それがいかに彼らの生活をリアルに描写したものであるかは、改めて説明するまでもないであろう。

 

そういえば、アッシャー(Usher)がブレイクしたきっかけの一つが、ジャネット・ジャクソン(Janet Jackson)と2パックが主演した『ポエティック・ジャスティス/愛するということ』(原題:Poetic Justice、1993年)のサントラ収録楽曲「Call Me A Mack」であることも忘れてはならない。映画のサントラはDJのミックスCDのように、新しいアーティストを聴き始める格好のきっかけとしても機能してきたのだ。

 

『ブラックパンサー』についていえば、そのインスパイア盤『Black Panther: The Album』(2018年)は、クーグラー監督たっての希望により、TDE (Top Dawg Entertainment』のCEO=アンソニー・”トップ・ドーグ”・ティフィス(Anthony “Top Dawg” Tiffith)とケンドリック・ラマー(Kendrick Lamar)が全面プロデュースしたものだ。同レーベルのインハウス・プロデューサー=サウンウェイヴ(Sounwave)がツイートしたように、映画がグレイトならば、このアルバムもまたグレイトだ。南アフリカのアーティスト4人を含む多くの人気アーティストを起用した同作は、映画の世界観にどこまでも忠実な仕上がりになっている。また、同作にフィーチャーされたジョルジャ・スミス(Jorja Smith)やSOB x RBEの、その後の活躍ぶりを見れば、先述したようなDJのミックスCD的役割も立派に果たしているといえるだろう。

 

一人じゃない—『スパイダーバース』がとてもヒップホップな理由

これまで述べてきたようなヒップホップ映画の歴史に、『スパイダーマン:スパイダーバース』(原題:Spider-Man: Into the Spider-Verse、以下『スパイダーバース』)が加わる。日本で3月8日より公開される同作の内容をここで詳述することはしないが、様々な意味でとてもヒップホップな映画であることだけは断言してもいい。

 

『スパイダーバース』のサントラ盤『Spider-Man: Into the Spider-Verse (Soundtrack From & Inspired by the Motion Picture)』(2018年)収録楽曲は、色鮮やかに映画を彩る。ヒーローたちが勇敢に危機に立ち向かう場面を、ブラックウェイ(Blackway)とブラック・キャビア(Black Caviar)の「What’s Up Danger」が盛り上げる。主人公=マイルス・モラレスのお母さんがプエルトリカンであることを踏まえれば、ニッキー・ミナージュ(Nicki Minaj)とアニュエル・AA(Anuel AA)の「Familia」が同アルバムに収録されているのも必然といえよう。「Invincible」でアミーネ(Aminé)の歌うフックが、マイルスの持つある特殊能力に関係しているのも粋だ。若手のヒップホップ・アーティストを多く起用した同作からは、あなたの新しいお気に入りのラッパーが見つかるかもしれない。

 

『スパイダーバース』がヒップホップなのは、サントラだけではない。靴紐を結ばずにお気に入りのエア・ジョーダンを履いて出かけるときの高揚感も、趣味を身近な人に理解されないもどかしさも、好きなものを共有する仲間がいる嬉しさも、グラフィティを通じて自分を表現することの楽しさやかっこよさも、この映画にはぜんぶ詰まっている。マイルスがヒーローとしての通過儀礼を経験する様子は、タフであることを求められるコミュニティの空気を思わせる。その一方で、彼の仲間たちから発せられる温かい言葉は、オタクやさえない少年やLGBTQを除け者にしなかった『DOPE/ドープ!!』や『キックス』や『ムーンライト』のように、あるいは『ブラックパンサー』のように、観る者を包容する。どこにでもいそうなヒップホップ好きのマイルス少年に自分を重ね合わせるとき、なんだか彼がとても愛おしく思えてしまう。

 

マイルスは朝起きると、学校の支度そっちのけでスウェイ・リー(Swae Lee)とポスト・マローン(Post Malone)の「Sunflower」を爆音で聴く。『スパイダーバース』を観た後に同曲を聴けば、映画のシーンが蘇り、あなたもマイルスの友達になったような気分になれるだろう。スパイダーマンのように蜘蛛の糸を出せなくても、スーツや制服を着ていても、足元はジョーダンを履いているかのように感じられるはずだ。もしかしたら、そのまま軽やかな足取りに任せて、どこかバレない場所にステッカーを貼りに行きたくなってしまうかもしれない。

 

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