Text:Kaz Skellington (Twitter / Instagram)
2019年後半にヒップホップファンが楽しみにしているライブと言ったら誰の来日公演を思い浮かべるだろうか?個人的には以前HIP HOP DNAでフィーチャー記事を書いたMachine Gun Kelly(マシン・ガン・ケリー)も楽しみであるが、私がアーティストとして尊敬しているラッパーがVince Staples(ヴィンス・ステイプルズ)は外せないだろう。彼はFUJI ROCK FESTIVAL 2019にも出演が決まっており、間違いなく見逃せないアクトとなっている。そんな彼のライブをさらに楽しむために、彼のアーティスト性やライブについて考えてみようと思う。
Vince Staplesはロサンゼルス、ノースロング・ビーチ出身のラッパーであり、新世代の西海岸を代表するラッパーのうち一人だ。ギャング・ライフについてラップすることも多いが、その生き方を美化するのではなく、そのリアルな感情をコンセプチュアルな作品として落とし込んでいる。彼は2015年にDef Jamからデビュー・アルバム「Summertime ’06」をリリースしており、ヒップホップ業界に新しい風を吹き込んだ。「2006年の夏に、自分の周りの多くのものを失い、多くが変わった」というコンセプトで制作された作品であったが、彼の作品は地元であるノース・ロングビーチにて起こることを鮮明に作品に落とし込んでいるだけではなく、外の世界から「エンターテイメント」として消費される「ブラック・コミュニティ/フッド」という、ある意味メタ的な要素も含んでいる。
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最新アルバム「FM!」
彼が20代前半でリリースした作品だけでも、このようなコンセプトが構築されているが、FUJI ROCK 2019がさらに楽しみになるという意味でも、2018年にリリースされた最新アルバム「FM!」について簡単に紹介したい。このアルバムはラジオのような流れで、彼らが生活するLAの「日常」を描いている。LAのヒップホップカルチャーには欠かせない有名ラジオ・パーソナリティーBig Boyが、ところどころに参加しており、1曲目「Feels Like Summer」では、LAの暖かさを紹介するかのように「ネイバーフッドでは常にサマータイムのようだよ。サマーを感じようぜ」という内容を話している。サビのメロディも今までのVince Staplesの曲にはあまりなかったようなキャッチーさがあり、サウンドだけ聞くとサマーチューンとなっている。しかし、彼の「LA」は明るさだけではない。
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一見ジャケットからも、明るいアルバムになっているように思えるが、Vince StaplesはLAの夏の明るさだけではなく、地域の「リアリティ」について鮮明に描いているのだ。LAという土地の日常的な明るさ、彼の周りで起こる死、ギャング・ライフ、パーティー、日常的に車内で聞こえてくるBig Boyの声、そしてそんなLAを外からエンターテイメントとして観察している人たち…「FM!」は、彼が見ている多面的なLAを描いている。「Feels Like Summer」のリリックに出てくる「Sun(太陽)か、Gun(銃)が出てくるまでパーティーをする」というように、一つの作品に「陽」と「陰」がグニャッと混ざり込む。Big Boyが夏の明るさを語っているとしたら、Vinceはデビュー・アルバム「Summertime ’06」のように、ロング・ビーチのギャング・ライフがもたらす夏の経験についてラップしている。アメリカでは、多くの地域の年度が9月から始まり、夏休み突入が学期の終わりなのもあり、夏は変化が訪れる季節でもある。夏を題材とした日本の作品でも、明るさと切なさを表現したものが多いが、Vince Staplesの「夏」からは、ロング・ビーチ版となるその「混在した感情」を個人的には感じとることができた。私が育ったオレンジ・カウンティ カリフォルニアとはまた全く違う「夏」であろう。2019年の夏に苗場で、彼がステージ上で表現する「夏」を目の当たりにするのが楽しみである。
また「FM!」でも、上記で少し書いた、ある意味メタ的な表現をしており、楽曲「FUN!」のMVはクリエイティビティ溢れるものとなっている。
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このMVは、グーグル・マップのストリートビューのような映像で、Vinceが生活するPoppy Streetで起こっていることをツアーしていくような映像となっている。しかしMVの最後ではストリートビューの画面からズームアウトし、Poppy Streetのストリートビューを見ていたのが白人の子供だということが判明する。その白人の子供は、母親に突然名前を呼ばれ、まるで見てはいけないものを見ていたかのように、ビックリした様子で急いでノートPCを閉じるのだ。その地域と全く繋がりを持たない子供が、好奇心でその地域の様子を覗く。しかし、彼がPCを通して見ている、このストリートビューにてキャプチャーされた瞬間たちが、Poppy Streetの全てなのだろうか?現実では、さらに多くの「日常」があり、出来事の裏には画面に映らないストーリー/側面があるだろう。しかし切り取られて紹介された情報を観察し、自分が見たいものしか見ていない側からは、その側面は見えないのだ。以前インタビューにて「あれ?この人は自分のことをラップしているのかな?と、強制的に自分の行動を客観視させるリリック」について語ったVinceであるが、このMVもそのような効果をもたらしていると言えるだろう。もちろん私も考えさせられた。
このようなコンセプトは、彼の「Summertime ’06」に収録されている楽曲「Senorita」でも使用されている。
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彼の一つの魅力としては、映像のコンセプトもかなり作り込んであり、ライブでも活かされることが期待できる。かくゆう私も彼のライブをまだ見たことがないので、これを書きながら期待を膨らませているまでだ。映像としてのコンセプトの強さというと、2016年にリリースした「Prima Donna – EP」のプロモーション映像も印象的である。
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EPでは、名声から来る感情をコンセプトとしているが、単にメランコリックな内容ではない。イントロの最後で銃の引き金を引き、自殺する内容からEPがスタートする。EP前半では、「こうなるなら、貧乏のほうがよかった」と言い、どこにも安息がないと語るラッパーの様子が描かれている。名声から来るプレッシャーや、今までの人生と友人を置き去りにしてきたことによる、帰る場所のない孤独さが語られる。しかしEPのラストに向かい、そのラッパーは自信満々になり、これからカムアップしていく感じになるのだ。そう、このEPは、トラックの順番とは逆にストーリーテリングしており、時系列的にはトラックリストの下から上の順番となっている。これから名声を得ようとするラッパーが、過去の人生を捨て名声を得る。名声を得た結果、「金を稼いでも魂を満たすことができない」と語り、イントロでカセットの巻き戻しをし、最後に銃声が響く。ここまでコンセプトが上手くエクスキュートされている作品はなかなかないだろう。
ライブ
上記では、私が毎回驚かされる彼のアーティスト性を紹介させて頂いた。彼の作品性が、ライブではどのように進行されるのかが非常に楽しみであるが、彼のライブが楽しみになるライブ・エピソードも少し紹介したい。実際に来日公演ではどのようになるかは不明であるが、実は彼のツアーは演出に凝りすぎて赤字になる公演も多いらしいのだ。
【関連記事】Vince Staplesが自身のツアーの採算が合わない理由を語る。「最高のライブ体験を提供することが最優先なんだ」
最高のライブ体験を提供するために、演出に予算をかけすぎて赤字であることを語ったVince。しかし「最高のライブをする」ということが、「投資」となり、さらなるファンを引きつけることを理解しているのだろう。YouTubeに上がっているライブ映像を見ると、自身の世界観を表現するために凝った演出をしているのがわかる。(オフィシャルでアップされている映像が少なく、多くがファンがアップしたものなので詳しくはわからないが)
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もちろんVinceにとっては海外公演となるため、アメリカツアーと同じような演出は期待できないかもしれないが、単純にライブとしてのクオリティが高いことがわかる。ラップをせずに盛り上がるスタイルのラッパーとは一線を画する「ラップ」としての上手さを見ることができるだろう。