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エミネムとドクター・ドレーの出会い。ラップバトルの敗北が成功に繋がった巡り合わせ

 

 

Dr. Dre(ドクター・ドレー)に発掘されたことがきっかけでメジャーデビューアルバム「The Slim Shady LP」を1999年にリリースし、一躍スターとなったEminem(エミネム)。彼とドレーの出会いについては以前もHIP HOP DNAで紹介しているが、今回は、エミネムの音源がドレーに届くまでの経緯を紹介したい。

 

【関連記事】ドクター・ドレーがどのようにエミネムを発掘したかをおさらい。「リスクを負ってでもこいつに全てをかける」

 





当時、自分の名前を売るために様々なところに顔を出し、カセットを渡していたエミネム。彼は1997年にL.A.で行われたラップオリンピックにも出場しており、惜しくも決勝でOtherwizeに敗退したが、彼はそこでとある青年から声をかけられる。その青年から「テープがほしい」と言われたエミネムは自身の音源を彼に渡したのだ。マイク・タイソンのポッドキャスト「Hotboxin」にて、エミネムは当時のことについて以下のように語っている。

 

俺はラップオリンピックに出場したんだ。決勝まで行ったけど、最後に負けた。俺はOtherwizeというL.A.出身のラッパーに負けたんだ。ステージを降りた俺は「これで終わりか。」と思ってた。だけどそこで、ある青年が俺に声をかけてくれて、俺のCDのコピーがほしいと言われたんだ。ほぼ放り投げるみたいな感じで渡した。俺が彼に渡したのは「The Slim Shady EP」だった。デトロイトに戻ったけど、帰る家もない。これから何をすればいいかもわからない。それから連絡が来たのは一週間後だった。Bass BrothersのMarky Bassから、「おい、ドクターから電話が来たぞ!」と言われたんだ。

 

このテープがドレーの元に届いたきっかけは、Interscope Recordsのジミー・アイオヴィンの自宅で行われたリスニングセクションだった。セッション中に再生されたあるカセットテープの音源を聞いたドクター・ドレーは「なんだこれは?一体これは誰だ?」と思ったと後に説明しているが、これがエミネムの音源だったのである。実はエミネムが音源を渡した青年はInterscopeでインターンしていたDean Geistlingerという人物で、彼がきっかけで音源がドレーの元に届いたのだ。

 

ラップオリンピックの決勝では負けたが、その直後に渡したカセットテープがきっかけとなりドレーに発掘されたエミネム。それからリリースしたメジャーデビューアルバム「The Slim Shady LP」以降は彼はスターとなったが、「Where We’re From: Rise of LA Underground Hip Hop」というドキュメンタリーでは、ラップオリンピックの詳細についても語られているため要チェックである。

 





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