text: Shiho Watanabe
2019年のデビューから、その名を見ない日はないというくらいの活躍っぷりを見せているダベイビー。今や、音楽チャートやストリーミング・サービス、そしてYoutubeやSNS上には常に彼の名前を見つけることができるし、アウォードや音楽フェスにも欠かせない存在になった。メジャーデビューするや否や、一瞬で大ヒット・ラッパーへと上り詰めたかのように見えるダベイビーだが、実は遅咲きのラッパーなのである。もともとベイビー・ジーザスというMC名で活動していたダベイビーは、2015年からコンスタントにミックステープをリリースし続け、ストリートで人気を博していた存在であった。また、2017年のSXSWでは全裸にオムツのみを身につける、というインパクトのデカすぎる姿で会場内を動き回っており、とにかくエンターテイナーに徹するダベイビーの姿勢はこの頃、既に確立されていた。そんな彼がインタースコープとのジョイント・ベンチャーのディールを手にした時、彼はすでに27歳。今や、ティーンエイジャーのラッパーが巨額のメジャーディールを結ぶことも少なくない中、じっくりキャリアを築き上げてからのデビューとなった。当時、すでにミックステープ・シーンやSNS上で多くのファンを獲得していたダベイビーを獲得するためメジャー・レーベルは争奪戦となり、最終的には7桁ドル(=数億円)の契約金を手にしたという逸話もある。
晴れて、2019年3月に華々しくデビュー・アルバム『Baby On Baby』をリリースしたダベイビーだが、デビュー初期の彼はとにかく”ベイビー”キャラ、そしてファニーなキャラを前面に押し出して、見事、全米一の愛されラッパーとなった。英メディアのガーディアン誌は、ダベイビーのコミカルなMVを、かつてのバスタ・ライムスやエミネム、ミッシー・エリオットやリュダクリスといったヒップホップの偉大な先人たちの名を並べて比較したほどだし、アウォードのステージでは大きなダベイビー人形を登場させ、フェスのステージでは客席に向かってニセモノのウィードをバラ撒くなど、派手なパフォーマンスも話題を呼び、彼のライブ事業も絶好調だった。フォーブス誌が報じるところによると、今やダベイビーのツアーでは、1都市ごとに100,000ドル(=約1,000 万円)以上を稼ぎ出すビジネスにまで成長したとのことだ。『Baby On Baby』から生まれたヒット・シングル「Suge」はCD換算にして約200 万枚以上のセールスを記録。彼が口を開くとヒットが約束されるとばかりに、次々と客演のオファーも飛び込んできた。リゾの「Truth Hurts」やリル・ナズ・Xの「Panini」といったヒット曲のリミックスに参加した他、ポスト・マローン、チャンス・ザ・ラッパーにニッキー・ミナージュら数多のアーティストらの楽曲にもヴァースを乗せ、短期間の間に凄まじい人気っぷりを証明していった。
そして、リリース・ペースの速さもまた、ダベイビーの快進撃の理由の一つだろう。『Baby On Baby』の発表から約半年後には、早々とセカンド・アルバム『KIRK』をドロップ。「Intro」などで前作よりもエモーショナルな面も見せたこの作品は、発売初週にビルボードの総合アルバム・チャートのトップに躍り出た。「キャラ勝負の一発屋なのではないか?」という周囲の余計なお世話を見事に跳ね除け、ダベイビーの人気度はさらに加速していく。人気ダンス・グループのジャバウォーキーズをフィーチャーし、“ヒップホップ・ミュージカル”と銘打った「BOP」のMVは、現在までに2億6000万回以上の再生回数を誇り、アルバム『KIRK』の発売直後には、ビルボードのシングル・チャート100位以内にダベイビー名義の曲、または彼がフィーチャリングで参加した楽曲が18曲もランクインするという現象も起きたほどだった。
そして、2020年もダベイビーは止まらない。今年の4月には驚くべきスピードで3rdアルバム『Blame It On Baby』をリリース。コロナ・ウイルスが蔓延する時世を考慮し、アルバムのカヴァー写真に映るダベイビー本人はマスクを着用した姿だ。本作は主に『KIRK』を発表した後のツアー中に収録した楽曲で構成されており、滞在先のホテルや会場の楽屋などで制作したそう。そして、余裕だと言わんばかりに『Blame It On Baby』もビルボード・チャートの1位を獲得。ダベイビーは決して飽きられない、そんなキャラの濃さをまたもや証明したのだった。さらに、キャリア史上最大といっていいヒット曲にも恵まれる。それが「Rockstar」だ。シングル「The Box」が大ヒット・シングルとなり、今、最も注目を集めている新人アーティストのロディ・リッチをゲストに迎え、アコースティック・ギターのメロディと超ヘヴィーなベースが鳴り響くこの曲は、アメリカのみならずオーストラリアやデンマーク、UKといった海外のチャートでも首位を獲得し、ドイツやスウェーデンなどでもトップ10圏内に入るほどのグローバル・ヒットに成長。アルバムを発表するごとに圧倒的なヒット曲を輩出するダベイビーのセンスと運には驚かされるばかりだ。
そしてさらに最近、ダベイビーの名がSNSのトレンドに上る機会があった。アメリカのブラック・コミュニティのために設立されたケーブルTV局であるBETが毎年行う音楽アウォード、BET Awards。今年は6月28日に開催されたが、コロナ・ウイルスの影響を受けてヴァーチャル授賞式という形をとり、出演アーティストは会場に集まるのではなく、それぞれが楽曲のパフォーマンスを行う動画をつなぎ合わせるという形で見事な式を開催してみせた。今年の5月25日にミネソタ州ミネアポリスで起こったジョージ・フロイド殺害事件が引き金となり、何度かの盛り上がりを見せているBlack Lives Matter(ブラックライヴズマター、以降BLMと記す)運動もあり、今年のBET Wardsは、全編にわたってBLMをフィーチャーしたものとなった。その中でも、最も視聴者の話題を集めたパフォーマンスこそが、ダベイビーとロディ・リッチによるパフォーマンスだったのだ。冒頭、画面いっぱいに映し出されるダベイビーの顔面。地面に対して平行の向きでヴァースを発する彼の姿からだんだんとカメラが引いていくと、警察官のような人物の膝で首を押さえつけられながらラップするダベイビーの姿が映る。息を飲む瞬間だ。まさに、ジョージ・フロイド氏が道に押さえつけられ「I Can’t Breath(息ができない)」と訴えながら命を奪われた姿と全く同じ姿で、ラップを続けるダベイビー。彼は元々、6月12日に自らヴァースを書き足した「Rockstar BLM Remix」を発表していた。もともと、フック部分で「新しいランボルギーニをゲットした、パトカーなんてクソだ。腰にピストルを挿して、まるで警察みたいだろ」と歌っていたこの曲。ダベイビーはさらに「警官たちは俺を呼び止めて、辱めたがるんだ。権力を濫用して、俺のことを知らないくせに俺を横暴だと決めつける」と警察の態度を糾弾するラインを付け足して、改めてこの曲にプロテスト・ソングとしての役割を持たせたのだった。これまで、常にファニーでキャッチーな魅力が取り沙汰されがちなダベイビーが、コンシャスな内容に踏み込み、ラップスタートして人々の気持ちを代弁した瞬間だった。
わずか一年と少しの間に、いくつものヒット曲と大きな話題、そしてネットでウケるミームまでを提供してくれたダベイビー。彼のアイデアの泉は、しばらく枯れることはなさそうだ。ラッパーとしてどれだけ多くの一面を見せてくれるのか、2020年も後半に差し掛かった今から楽しみでしょうがない。