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DMXがアンゴラの武装集団に監禁されそうになったエピソード。彼とクルーの脱出劇を紹介。

 

 

1998年に2枚のアルバムをリリースし、両方ともプラチナ認定とビルボード1位を獲得するという偉業を成し遂げた初のラッパーDMX。ラップゲームのトップに君臨していたDMXであるが、今回はそんな彼のプロデューサーDame Greaseが語った「DMXが危うく誘拐/監禁されそうになったエピソード」を紹介したい。

 

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2005年、DMXとプロデューサーDame Greaseはヨーロッパツアーの終盤を迎えていた。最後の目的地はアフリカのアンゴラ共和国であり、そちらで2日にかけて2つのライブに出演するはずだったようだ。しかしアンゴラに到着した瞬間に、税関などを通さずに、ライブのプロモーターが独自でパスポートにスタンプを押しはじめたようで、その様子を見ていたDame Greaseは「かなり権力を持った人だな…」と違和感を感じたようだ。

 

さらにDame GreaseとDMX一行は、そのプロモーターに「2つめの公演が決まっていないから決まるまで待っててくれ。一日300万円あげるから。絶対にこの場を去るな。もし去ったら、あなたたちの身に問題が起こる」と伝えられたことにより、その違和感は膨らむ。

 

その後、そのプロモーターは、ただのプロモーターじゃなくて、空港のオーナーでもあり、ホテルのオーナーでもあり、TVショップのオーナーでもあり、ラジオステーションのオーナーでもあり、後ほど彼が武装集団のリーダーだということを知った。

 

一日300万あげるから、その場を去っていけない」と言われたDMXと彼のクルーであるが、このままだと「餌付けされ、まんまと彼らの罠にかかったターキーになってしまう」と危機感を覚えたようで、どうにかしてアメリカに帰らないといけないと焦りを感じたようだ。彼らはプロモーターに気が付かれないように、アメリカ大使館に助けを求め、防弾の車を用意してもらい、空港まで向かったのだ。

 

しかし空港にたどり着いたDMXとクルーたちを待ち受けていたのは、そのプロモーターが率いる武装集団であった。幸運なことに、そのプロモーターはDMXたちから持っている現金170万円を奪っただけで、飛行機に乗ってアメリカへと飛び立つことを了承したようだ。プロデューサーのDame Greaseは「飛行機に乗っても撃たれるんじゃないかと恐れてた。自分がいかに”アメリカ人”であるか、はじめて自覚したよ」と心境を明かしている。ちなみにJa Rule、Fat Joe、Nasも同じプロモーターと似たような経験があったようだ

 

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