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「Black Lives Matter」の背景を奴隷制の時代まで遡り考える。労働歌とラップ、ヒップホップとの繋がりなど

 

text: Shiho Watanabe

 

2020年5月25日、ミネソタ州のミネアポリスにて一人の黒人男性、ジョージ・フロイド氏が警察官によって公衆の面前でその命を奪われるという事件が起こりました。地面に伏したフロイド氏の首元に一人の警察官が約9分間にわたり膝を押し付け、フロイド氏は「I Can’t Breathe(息ができない)」と訴えながら息を引き取ったのです。以降、全米、そして世界各地で #BlackLivesMatter(ブラック・ライヴズ・マター)のハッシュタグを付けた抗議運動が盛んに行われることとなりました。

 

この「BlackLivesMatter」の訳し方は幾通りもありますが、「黒人の命も大事」という意味です。もちろん、白人の命も、黄色人種の命も、人類の命は皆等しく大切です。犬や猫の命も同じです。ただ、あえて「黒人の」と声を上げる理由、それは、アメリカにおける黒人たちの命があまりにも軽んじられてきたからです。

 

アメリカでは1600年代から奴隷制がまかり通ってきました。アフリカ大陸から貨物として奴隷船に押し込まれ、鎖を付けられた状態で劣悪な衛生環境のもと、何日もかけてアメリカへと輸出されていたのです(この辺りは映画「アミスタッド」に詳しいです)。アメリカに渡った奴隷たちは、これまでの名前を剥奪されて適当な名を付けられ、オークションに掛けられて商品として売られていきました。いい体躯をした男性や、子供が産める女性は自然と値段も高くなっていき、また、親子が引き離されて売られていくことも珍しくありませんでした。当時、アメリカ南部では綿花などの栽培が盛んで、大規模なプランテーション農場を持つお屋敷がいくつもありました。オークションで買われた奴隷たちは、こうした農園の家主のもとに属し、貴重な労働力として酷使されていたのです。農場を経営する当時の奴隷たちは、読み書きを学ぶことも許されず、真っ当な人権も与えられないまま縛りつけられていました(当時の奴隷たちの状況は映画「それでも世は明ける」をご覧ください)。1862年にリンカーン大統領が奴隷解放宣言を発布し(翌年には第二部を発布)、1865年には、合法化されていた奴隷制を廃止するアメリカ合衆国憲法修正第13条が発布され、奴隷たちは正式に自由の身となったのです。しかし、その後もジム・クロウ法といって黒人は映画館やバス、レストランや水飲み場においても白人と共有することは許されず、常に分離されねばならないという法律が制定され、自由とは名ばかりの生活を強いられる状況でした。かつては、州によっては白人と黒人が結婚することすら許されず、こんな時代が1960年代なかばまで続いたのです。異人種間の結婚を禁止する法律は、驚くべきことにアラバマ州においては2000年まで施行されていました(憲法修正第13条以降、特にアメリカの黒人男性がどんな状況に置かれていたかはドキュメンタリー映画「13th 憲法修正第13条」をどうぞ)。

 

 

話題は変わりますが、ラップが好きなリスナーであれば、コール&レスポンスというフレーズを聞いたことがあるのではないでしょうか。ステージ上のラッパーが「言えよ、ホー!」と呼びかけたらオーディエンスが「ホー!」と返すアレです。このコール&レスポンスはもともとアフリカの民族の間でコミュニケーション方法として使用されていたものでした。アフリカから連れて来られた黒人たちが奴隷として辛い作業をこなす間、労働歌を作って歌っていました。その中で多用されていたのが、コール&レスポンスです。やがて、この労働歌とコール&レスポンスの関係はゴスペルやブルース、そして昨今のラップ・ソングに継承されることとなります。そして、日本では数年前から爆発的なブームにもなっているMCバトル。ラップ自体はしなくとも、テレビやイベントでバトルの様子を見たことがある人は少なくないのではないでしょうか。この起源もまた、奴隷制にまで遡ると言われています。もともとは「ダズンズ」と呼ばれていたゲームで、別名「ダーティ・ダズンズ」とも呼ばれます。かつてエミネムがD12というラップ・ユニットを結成していましたが、これは「ダーティ・ダズンズ(1ダースは12個ですよね)」を略したものです。元は奴隷として屋外の仕事を担っていた男性たちが、お屋敷の使用人として家の中で働く黒人(多くの場合、屋内の仕事は肌の色が明るい黒人たち、すなわち、白人の血が入った黒人たちに任されていました)の母親の悪口を言い始めたのがルーツだと言われています。ダズンズは決まって「Yo Momma(お前の母ちゃん)」というフレーズから始まり、男性二人が向き合って互いの母親の悪口を言い合うというもの。また、ヴェテラン・ラッパーであるKRSワンは、映画『アート・オブ・ラップ』で、ダズンズは身体に欠損があった、精神を病んだていたりするために、ダース単位で売られた奴隷たちが互いの欠点を言い合いながら周りを笑わせる、というある種の娯楽が起源であると語っています。普段、我々が趣味や娯楽として楽しんでいるラップ・ミュージックにも、こうした背景があるのです。

 

 

黒人の命の重さは、かつて家畜と同等に扱われていました。奴隷解放宣言から約160年が経過しようとしていますが、その命が軽んじられていると思わされる場面はいくつもあります。例えば、アメリカの機関であるPNASが発表したところによると、警官によって殺される可能性がある黒人男性の割合は、約1000人に一人にものぼるとのことです。これは、白人男性と比較して2.5倍の数字だそう。また、エッセンシャル・ワーカーが多く、保険への加入率も低い黒人たちは、コロナ・ウイルスにおける死亡率も高いとも報道されています。市民の通報によって駆けつけた警官によって、路上で息たえてしまった黒人男性。その様子は、SNSを通じて世界中に拡散されました。どの命も、たった一つの大切な命です。しかし、長きに渡って支配者の特権の下に不条理な差別を強いられ命を軽んじられてきた黒人の皆さんにも、この言葉が同じように響くでしょうか。今こそ、黒人の命も大切である、とその認識を改める時がやってきたのだと思います。そして、普段、ヒップホップが好きだと感じている私たちにとっては、自分たちが享受しているブラック・カルチャーのルーツを知り、少しでも彼らの歴史に触れる機会になればと思います。

 

参照元リンク:
https://www.pnas.org/content/116/34/16793

 

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Thumbnail by Fibonacci Blue:from Minnesota, USA – Black Lives Matter protest against St. Paul police brutality, CC BY 2.0

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